
「おかえりなさいませご主人様。」
また来てしまった。
いつものように低く渋い声で私を迎え入れてくれるこの店はメイドカフェ「スウィートダンディ」。
とある電気街の路地裏の雑居ビルの3階に構える私の隠れ家だ。
「マスター、いつものやつ。」
「かしこまりましたご主人様。」
彼はメイド兼マスター。
ワンオペだ。
噂では昔、マスターは名の通った殺し屋(そうじや)だったらしい。
数年前に足を洗ったようだが、今でも彼の命を狙う人間も多く、ここでメイドになりすまして身を潜めているそうだ。
私は思う。決して潜まっていない。
「お待たせしました。ご主人様のために作った特製パフェ『Go To Heaven』です。」
「ありがとう。」
私は酒を飲まない。
飲めないわけではないのだが、脳の回転が著しく鈍るだけでメリットが何もないので飲まないのだ。
その分、こうして糖分を摂取して何かのバランスをとっている。
「美味しくなる魔法をおかけしてもよろしいですか?」
「いや、結構です。」
照れや遠慮ではない。
本当にイヤだ。
「そう仰らずに。おいしくなーれ、キル・キル・デス!」
やっぱりそれか。
「キル・キル・デス。」
言わなければ食べさせてもらえない。
「どうぞお召し上がり下さい。」
私は思う。この魔法で美味しくなることだけは絶対ない。
「ご主人様、ゲームのお時間です」
「そういうの始めたの?ゆっくりパフェ食べたいのに」
私の切望を気に留めることなくゲームを進行する。
「このコルトパイソンを交互にコメカミに当てて引き金を・・・」
「結構です!」
照れや遠慮ではない。
本当にイヤだ。
「そうですか?残念、空砲なのに。。では早口ことばゲーム!
赤茶チャカカチャカチャ赤ちゃん
青茶チャカカチャカチャ赤ちゃん
黄茶チャカカチャカチャ赤ちゃん(※チャカとは拳銃のことです)」
「お母さん、おもちゃは選んであげて!」
矢継ぎ早にーー
「ではお絵描きゲーム!こちらのオムライスに、」
「ほぉ、おいしそうじゃん。」
「このケチャップを使って、」
「これは楽しそうじゃん。」
「指で描きます。」
「ダイイングメッセージじゃねーか!」
「おいしくなーれ、キル・キル・デス!」
「それが本来の使い方だな、おい!」
私は願う。今日もこの街の夜が銃声が引き裂かれることなく静かに沈んでいくことを。