ストーリー

トゥルルルッ・・トゥルルルッ・・

「はい、シビックホイール緊急連絡室。
・・はい、・・・はい、分かりました。
大ですか?小ですか?え?ハイブリッドって何ですか?」

またキャビンからの緊急回線だ。
日常化した非常事態、我々にとってそれはもう非常ではない。

1985年にここフラットランド市で開催された万国博覧会。
パビリオンを再利用した奇妙な建物が今でも市内には多く並んでいるが、そのランドマークとして建造されたのが高さ250mの巨大観覧車「シビックホイール」だ。
動力源は風。
この巨大なプロペラで風を受けて直接観覧車のシャフトを回すのだ。
なので風速によって回転速度が変化する。
通常の搭乗時間は1時間程度だが、台風の時は15分くらいで回ってしまう。
また、今日のように風がない日は8時間かかった事もあるという。
まったく酔狂なアトラクションだ。
比較的年中安定して風が吹くフラットランドでも搭乗時間がまったく読めない。
万博後は市民の憩いの場として活用する予定で『シビックホイール』と命名したそうだが、忙しないフラットランド市民にはなかなか縁がないようだ。
それでも暇な観光客にはそこそこ人気がある。

このシビックホイール、搭乗時間が絶望的に曖昧ということの他にもう一つ致命的な欠点がある。
それは各キャビンにトイレがないことだ。
構造上どうしても設置できなかった、というのが公の言い訳だが、完成まで誰も気付かなかったというのが真相らしい。
担当者はさぞ焦っただろう。
しかし万博は待ってくれないのでやむなく運用開始。
客には搭乗前に必ずトイレに行っておくように喚起しているのだが、まあ生理現象なので仕方がない場合もある。

そこで我々の出番だ。
命綱を付け外梯子を上り、アームをつたって要請を受けたキャビンまでポータブルトイレを届ける。
そして客の生成物を回収し、お客様には何事もなかったかのように その後も空中散歩を楽しんで頂く。
いつでも出動できるよう、我々はこの緊急連絡室で待機しているのだ。

今入った緊急回線、なるべくならテッペンのキャビンでなければ良いのだが・・・。

「・・はい、分かりました。急行します。」

受付のお姉さんが受話器を置き、申し訳なさそうに私に指示を出す。

「23番キャビン出動お願いします。
ちょっとお腹をこわしてしまったようで・・もう間に合っていない・・かもしれない・・・そうです・・。」

「マジかー。」

それでもシビックホイールは今日も穏やかな風を受けて優雅に回る。

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