ストーリー
祇多(ぎた)レイ子32歳OL。
金曜の夜は早々に家に帰ってビールを流し込みながら映画番組を堪能する、それが彼女の週末を迎える為の儀式である。
トトロでもワイルドスピードでも構わない。
焦点を合わさずボーっとテレビに映し出される映像を瞳に映し返すのが彼女の流儀である。
「あーー今週もよく働いたわー。限界。」
マンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗る。
自室のある最上階8階のボタンを押そうとする。が、
「あれ?ボタンがたくさんあるように見える。疲れ目?
今週頑張りすぎたかな。」
レイ子は目を細めたり見開いたりしてピントを調整しようとするが、ボタンは一向に収束しない。そうこうしているうちにあるはずもない87階が点灯してエレベーターが動き出した。
「え、なにこれ!?どうなってんの!?」
レイ子は一瞬取り乱したが深呼吸をする。
「落ち着け私。きっとこれは夢だわ!今日の金曜ロードショーはトワイライトゾーンで私は疲れの余りそれを観ながらソファーで眠ってしまったんだわ!」
自分に言い聞かせる。しかし気付いてしまった。
「今どきトワイライトゾーンは地上波で流さないわ!だとすると夢じゃない!きゃーっ!」
チーン。
わーきゃーと一人で騒いでいるうちに、ノンストップでエレベーターは87階に到着した。
ドゥイーン。
扉が勝手に開くと、向こう側に黄色のフライングVをかき鳴らす少女がいた。
「はじめまして、オバサン。」
「あなた・・・わたし・・・?」
少女は紛れもなくギターに夢中だった17歳の頃の自分。
それを理解するのに意外と時間はかからなかった。
レイ子は日常的に少女の姿を認識していたからだ。
朝起きて満員電車に乗って遅くまで残業して帰って寝る。
無限ループの不毛な毎日。
そんな日常を繰り返す彼女の前に少女はしばしば幻覚のように現われ
「それでいいの?あたしを忘れないで。」
とレイ子に訴える。するとレイ子は
「忙しいからどっか行って!」
と語気を強めてあしらう。
すると、少女は悲しそうな目をしてすぅっと消えてしまう。
なのでレイ子はエレベーターの外の少女の姿を見た時ハッとした。
レイ子は少女に引き寄せられるように87階で降りた。
「弾いてみなよ」
「・・・。」
レイ子は黄色のフライングVを受け取る。
ジャーン!トゥルルルルトゥルルトゥ~
「へへっ私も案外まだ指が回るわね」
「ヘタクソ」
「うるさいクソガキ」
こんな”汚い”言葉を使ったのは何年ぶりだろう。
自分はこんなに生意気な女子高生だったかと一瞬考えたが、心当たりがありすぎて考えるのをやめた。
「教えようか?」
「余計なお世話よ!10分あればブランクなんて」
「オバサン、やっと話せたね」
「う、うん」
「オバサン、ドンキーコング勝負しない?」
「いいけど、オバサンはやめなさい」
「だってオバサンじゃん」
「あんた、若いからって油断してるとすぐこうなるのよ!てか、あたしまだ32だし!あんた毎晩夜更かししてるでしょ。今日から絶対やめなさい!あとポテチはほどほどに!」
「オバサンに言われたくないし!」
”汚い”が真っすぐな言葉のラリー。
レイ子の心が溶けていく
”オバサン”レイ子と少女レイ子は時間を忘れてドンキーコングにのめり込んだ。
「わ、きったねー!あたしのバナナ勝手に使わないでよ! オバサン大人げな!」
「ごめんね・・・。」
「え?何?あ、こちらこそ、なんかさーせんでした・・。でもこれゲームですし、そんな急に素で謝られても・・・。」
少女レイ子は、急に毒の抜けたオバサンレイ子に戸惑い、つい敬語になってしまった。
「いや、そうじゃなくてね、あたしあんたに後ろめたかったのよ」
「ふーん」
「たしかあんた、ロックスターになりたいんでしょ?
でもあたしはとっくにそんな夢捨てちゃってて、世間的に「しあわせ」と呼ばれるものを追い求めてばかりでさ。そしたらこんな嘘だらけの自分になっちゃった。」
「ふーん」
「あんたが時々現われた時、こんな自分を見たらあんたガッカリしちゃうと思ってね、突き放したの・・・。ごめんね。」
「ぜんぜんガッカリしてなかったよ」
「え?」
「だって、全部あたしの選んだ道でしょ?あたしはあたしを信じてるもん。例えどんな結果になろうと。 一般的な「しあわせ」?上等っしょ。ぜひ極めてよ。」
「え?あ、はい。」
「大事なのは、オバサンがあたしのことも今のオバサンのことも好きでいること。あたしを大切に思ってガッカリさせまいと、突き放してくれたんでしょ?あたしはもうそれで十分嬉しいよ。」
「う、う、う、うぉーーぃおぃおぃおぃ うわりぃぐぁどぉー(ありがとう)」
レイ子、慟哭ス。
「 グズッ、また来てもいい? グズッ、今度はドンキーコングの最新版もってくるからさ。 グズッ」
「もうここには来れないよ、というか、もう来る必要ないから・・・。
大好きだよオバサン!」
「はっ!」
またソファーで寝落ちしていたようだ。
テレビの中ではキングコングとゴジラが戦っている。
「確かまだ捨ててなかったよな・・・」
むくっと起き上がると、レイ子は広すぎるクローゼットの奥から黄色いフライングVを取り出した。
ジャーン!トゥルルルルトゥルルトゥ~
「へへっ私も案外まだ指が回るわね」
ジャケダケレコード
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