いろいろ学ぶことが多すぎた16年間。忘れないためにも文字にしました!

家族グールバナー-03
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第1話 通夜
第2話 父とオレ
第3話 お母さんとオレ
第4話 お母さんと父
第5話 家族グール

オレには元気な頃のお母さんの存在が大きすぎて、倒れた後のお母さんを受け入れることが全くできなかった。
いい歳して相当マザコンをこじらせてしまったらしい。。

くも膜下出血で倒れる前、お母さんは和裁をやっていた。顔彩で絵も描いていた。
あと、オレが子供の頃は学研のおばちゃんだった。
おっちょこちょいなところもあるが、元気で明るく行動的で、人徳もあった。
倒れた頃、オレはまだ二十歳そこそこで照れに隠れていた感情だが、多分お母さんが大好きだった。

ただ、確執もあった。まあ、普通の親子なら必ずあるだろうが。
なんせお母さんは寺ファーストの人で、とにかく頭ごなしに寺のことをやらされた。
“子育て”というよりは“後継ぎ育て”という印象さえあった。
それには本当に長い間反発した。

自分たちの都合でオレに寺を押し付けようとしている。

恨んだ時期もあったが、さすがにもう恨んではいない。
恨んではいないが、『風と太陽』の法則はやはり正しい。
もしお母さんから「嫌だったらやらなくていいよ」って一言があったら、どれだけオレの苦悩は減って、どれだけ物事がスムーズに流れていたか。
だから「嫌なら寺を放棄してもいい」と言ってくれている父のアプローチは太陽式だ。
考えてはいないと思うが、理にかなっている。

お母さんが亡くなる日、オレはいつも通り仕事をしていた。
数日前の雪がまだ残り、寒い日だった。

昼食を終え、午後の仕事に取り掛かり始めてすぐくらいに父から電話があった。
「医者が子供集めろって。本当に最後かもしれん。」と。
仕事を投げ出し、高速を飛ばして実家に帰ると、お母さんは口で荒い呼吸をして意識がなかった。
しかし、全く苦しそうではなかった。

ちょうどロウソクに似ていた。
細く燃え続けて、ロウを燃やし切ると最後に芯が燃え始める。
芯に移った炎は一瞬大きくなるが、間もなくその役目を終える。
荒い呼吸はその一瞬大きくなった炎みたいだった。
そして、芯まで燃やし切った母は静かに息を引き取った。

今年の目標の家族欄に『お母さんに“生きていてくれてありがとう”と言えるようになる』とオレは書いた。
でもその矢先、それを伝えることなくお母さんは死んでいった。
結局オレは生みの親、育ての親であるお母さんを、少し姿が変わってしまっただけで受け入れられなかった『親不孝者』だ。
もういいや。一生背負っていこう。

久しぶりに嗚咽がするほど泣いた。
しかし、泣くことができた自分が嬉しかった。

—-数年前が祖母が亡くなったときのこと。(最近身内がよく死ぬ。。)
寺のお庫裏(くり)として大往生した祖母の葬式は盛大にやらなくてはいけないらしく、葬式が終わったのオレ疲労は極限レベルだった。

その頃のお母さんは、ほぼ寝たきりでとにかく頻繁にトイレに行きたがった。
で、ポータブルトイレに座らせるのだが、おしっこは出ないことが多い。

この日も容赦なく寝室からお母さんのトイレに行きたいという声が聞こえた。
ボロボロの体でお母さんをポータブルトイレに座らせたが、何も出ない。
ベッドに戻し、またしばらくするとお母さんの声が聞こえる。

「もう勘弁して!」

本気だったかどうか記憶がないが、オレは感情任せにお母さんに対して文字には残せないような行動をしてしまった。

我に返るとオレは泣き崩れた。
なす術もなく泣いていた。
そういえばこの時も嗚咽が出るくらい泣いた。

お母さんへの罪悪感よりも自分に対する恐怖からだろう。
越えてはいけない境界を越えかけた恐怖。
一歩間違えばオレは人間でなくなっていた。

あの一件以来、お母さんの顔を見る恐怖が更に増していった。
恐怖の対象でしかないお母さんが死んでも、もう泣けないんじゃないかと思っていた。
オレには本来、人としてあるべき感情が欠損してしまったんではないかと思っていた。

—-だからお母さんが死んだ時、泣くことができて本当に嬉しかった。

明日へつづく。