いろいろ学ぶことが多すぎた16年間。忘れないためにも文字にしました!

家族グールバナー-04
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第1話 通夜
第2話 父とオレ
第3話 お母さんとオレ
第4話 お母さんと父
第5話 家族グール

オレにはずっと罪悪感が付きまとっていた。
全うな人間なら、こんな状況であればすぐに実家に戻って父の手助けをしているはずだ。
自分にはそれができない。
実家に対する恐怖、日々人間らしさを失っていく母と対峙する恐怖、まあ要するに自分の弱さが原因だ。

でも、そのことを父に話すと、
「うちのことはいいから帰ってくるな」
と言う。

オレその言葉にいつも救われてたし、甘えさせてもらった。

今思えば・・・
オレは父のすねをかじって四大まで卒業させてもらったが、結局学科とは全く関係ない仕事を生業としている。
しかし、そのことで父に咎められたことは一度もない。
家を出るときも、全く反対されなかったし、寺を継ぐことを強制されたことも一度もない。
嫌ならやらなくてもいいとさえ言っている。

歳を重ねないと気づけなかったことはとても恥ずかしいが、この人は子供の人生を第一に考えていてくれる。
離れていても、オレが何歳になってもいつも木の上に立って見ていてくれてる。
人間として、男としては残念ながら軽蔑せざるを得ないことも多い。
ただ、父親という角度から見ると、簡単にはまねできないことを自然に立派にやっている。
将来、オレがヒトの親になったとき、ここまでのことができる自信は正直ない。

—–実家に戻れないという罪悪感。。。
オレはいたたまれず、ある人に相談したことがある。
その人が言うには、

「お父さんにとって今はお母さんに対する清算の時間、お母さんに償いをする大切な時間です。
だから、あなたは実家に戻る必要はないよ」

この言葉を頂いた時は、安心感で涙が込み上げてきた。
ただ、息子の立場でこれを主張するとただの責任逃れになってしまうので、他言はしていないが。。。

父がその“償い”を消化する様子は、はたから見ていてよく分かった。
父の口からお母さんに対して『かわいそう』という言葉が出るようになっていたからだ。

シモの世話もままならず、父に怒鳴られてまで在宅介護されるくらいなら、いっそ施設に入った方がいいんじゃないか、
オレを含めまわりの人はみんなそう考えていたのだが、そのことを父に話すと、
「ショートステイ(数週間だけ施設に預けるサービス)に出すとずっと帰りたい帰りたいって言っとるらしい。
だから、施設入れっぱなしにするのはかわいそうだ。」
・・・だそうだ。

そして、こんな劣悪な環境でも、なぜかお母さんは父のそばがいいらしい。

子供の頃から戦慄の夫婦喧嘩、というかDVしか見てこなかったオレたち姉弟には、どこにそんな愛情を隠し持っていたのか皆目見当もつかない。

亡くなる数か月前だったか、もうお母さんの食はかなり細くなっていた。
以前は食事の介助をするのにも思い通りに行かずいつも怒鳴り散らしていた父だったが、イチゴをスプーンで小さく刻んで少しずつ優しく食べさせていた。
この光景を見た時、オレは父の“償い”は完了したんだなと確信できた。

—–亡くなる2日前、大雪が降った。
いつもならデイサービスに行くのだが雪で施設からの迎えが来れず、この日、お母さんは家で過ごすことになった。
ヘルパーも雪に阻まれて来られず、当然ながら父も家から一歩も出られなかった。
誰にも邪魔されず父とお母さんと二人っきりの時間を過ごしたらしい。

たぶん父との最後のお別れにお母さんが降らせた雪だ。
お母さんはありがとうって言えたのかな?

この人たちは何で結婚したんだろうとずっと疑問に思っていたが、実は子供にすら見えない深い愛情で結ばれていたようだ。
結婚ってよくわからない。

いよいよ明日、最終回!