いろいろ学ぶことが多すぎた16年間。忘れないためにも文字にしました!

家族グールバナー-02
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第1話 通夜
第2話 父とオレ
第3話 お母さんとオレ
第4話 お母さんと父
第5話 家族グール

父はオレが子供の頃からむちゃくちゃな人間だ。
夫婦喧嘩、ちゃぶ台返しは日常茶飯事で、どんな理不尽な理由でも歯向かえば手は出るし家を追い出されたりもした。
父がお母さんに手を上げることもしばしばあったようだ。
目撃した時はホントにショックだった。
お母さんはいつも傘になってくれていたように思う。

オレは父が怖くてしょうがなかった。
どうしたら怒らせずに済むか、子供の頃はそんなことばかり考えてた。
まあ、オレの世代の父親はみんなこんなもんだったのではないかと思ってる。
今は優しいお父さんが増えたけど。

時が経ってオレも大人になって、父と対等に喧嘩できるようになっていった。
大人のオレにはさすがに暴力は通用しないので、父はふて寝したり、泣き声で同情を引き出すような戦術に切り替えていた。
なんて情けない人間だ、とその時は思っていた。

お母さんが倒れて1年が過ぎるころ、オレは実家を出ることにした。
その頃のお母さんは回復の兆しが見えていたし、オレは父との不仲もあった。
そして何よりもう寺と関わりたくなかった。

それから正月もろくに帰省せず、寺の行事も無視をする時期が何年も続き、ほぼ勘当状態になった。
たまに電話をしても、オレの話も聞かずに怒鳴られて一方的に切られてしまうことがほとんど。

オレはもう親とは縁を切って、自分の好きなように生きると決めていた。
でも今思えば、オレの人生の歯車が噛みあわなくなったのはこの時期からだった気がする。
慢性的なうつ状態。
この時期にオレが目の当たりにした逃げ場のない心の闇。
いずれ文字にして残さなきゃと思う。
誰かの助けになるかもしれないし。

結局、親からもらった体で生きている限り、親と縁を切ることなんてできないことを分かっていた。
それにフタをして、自分の人生を上っツラの理想に無理矢理はめ込もうとしていたから歪みが生じたのではないだろうか。
ただ、縁が切れないからこそ、親の問題は子供にとって果てしなく重く悲しい。

「お父さんがまた暴力をふるった」「お父さんがまた喧嘩をした」
時折、姉や親戚からSOSに近い電話が入る。
なぜ自分だけがこんなに悲惨な境遇なのか。
警察沙汰になるのも時間の問題じゃないのか。
もう、気が狂いそうだった。でも近くにいた姉や親戚はもっと狂いそうだったに違いない。

心が闇の底を突いたとき、ふと考えた。

・・・自分にとって本当の幸せって何か。
そりゃ、自分の好きに生きることだ。

でも、まわりの人を犠牲にしてまで自分の好きに生きることが本当に幸せなのか。
・・・・・ちがうか。

そんなことより、まわりの人が笑顔でいてくれた方が幸せかも。

よし、寺を手伝うことにしよう。
メンドクサイけど。

永遠に彷徨う思われた堂々巡り。
追い詰められた末、ようやく結論が出た。
寺を手伝ったら、父も姉も親戚も檀家さんも笑顔になってくれるはずだ。
気持ちがふっと軽くなったのを覚えている。
案の定、色んな事が正常に流れ出した。
ほんとに少しずつだったが、父との信頼関係も構築されていった。

そして最近では電話をすると結構明るい声で話してくれる。
生まれてこの方、こんな人間らしい父を見たことがない。

介護生活、大変なはずなんだが。。

明日へつづく。